板橋区は製造業の発進基地だったのです。

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戦前は畑の中に日本の先端技術の工場が立ち並んでいました。

 第20回の「いたばし産業見本市」に出掛けてきました。昨年も出掛けたので、これで2回目です。場所は板橋区立体育館で、例年ここで開催しているようです。
 会場が狭いので、ブースは小さく設営されていました。来場者はほどほどであり、1日2千人程度と推測されました。それでも、府中で開催されたテクノフェアに比べると来場者ははるかに多いものでした。板橋区には中小企業が多いことから、出店者も特色のある企業が多く、それを目当てに来場するからでしょう。
 今年の見本市では、三段目の写真にあるように、板橋区の産業の歴史を説明するコーナーが設けられていました。国会議事堂のような建物は、板橋区にあったS&Bカレーの本社なのだそうです。戦後になって全国にカレー粉を販売した有名な会社です。戦前、板橋区は製造業の一大拠点でした。東京光学(後の、トプコン)、東京発動機(後の、トーハツ)、大日本セルロイド(後の、富士フィルム)などの工場が立ち並んでいました。大正時代、昭和初期の板橋区は一面が畑であり、台東区などから工場が移転してきて、多くの工場群が操業していました。戦後になって、光学メーカーが進出し、カメラ、双眼鏡のなどの輸出商品を製造する中小のメーカーが乱立していたのです。現在の住宅地からは想像もできないほどの産業地だったのです。
 四段目の写真は、戦前、戦後に板橋区で製造されていた商品の実物を展示したコーナーです。手前のオートバイはトーハツが製造していたものです。メグロ、ライラックなどと並んで人気のあるオートバイでした。その他にも、楽器や測量器具なども展示されていました。
2016年11月14日