連載第10回 ハヤブサ技研

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どこのスイミングプールの脱衣場でもお見かけする機械です。
オンリーワン商品であり、脱水性能は抜群です。


● スイミングプールの必需品
 公営私営を問わず、プールのあるスポーツクラブが増えきた。水泳は全身運動であることから、老若男女を問わず健康増進のための最適なスポーツであるからだ。スポーツクラブの脱衣所には洗濯機のような水着専用の脱水機が据えられていることが多い。濡れた水着を入れて数秒も回すと、水気が切れてそのまま持ち帰ることができて便利である。
 どこのクラブでも見かけられてありふれているように思われるが、この水着脱水機は東京葛飾区のハヤブサ技研(浜義人社長)が市場をほぼ独占しているオンリーワン商品である。
● 経理マンからの独立
 浜社長は会計事務所に所属する経理マンで、赤字会社に派遣されて、業績を建て直す仕事に携わっていた。二百社以上の企業の面倒を見た後、請われて文具メーカーなど十数社を歴任して企業経営を体験した。その後、自分で経営を行ってみたくなり、昭和六十二年に共同経営という形で独立した。最初は医療器具の開発を企てたのだが、思ったように業績が上がらず、一年足らずで資本を食い潰してしまった。このため、共同経営を解消し、自社商品開発は一時中止することになった。
 暫くは他社の販売代理をして、商品販売での口銭で会社を運営すうことにした。ただ、単純に販売するだけではなく、利益率を高めるために全く新しいマーケットを開拓することも企んだ。その中で、スポーツクラブに体調管理のために血圧計を売り込むことを考えた。血圧計がスポーツクラブに常備されていない時代であったため、面白いように売れ、三年程で三千個所に納入することができた。これは全国のマーケットの半分程になり、これがスポーツクラブ業界と関わりを持つきっかけとなった。
そんなとき、スポーツ業界の関係者から、「顧客がプールで泳いだ後、水を吸った水着の処置に困っている。水が垂れて重たく、持ち歩き難い。」と聞かされ、「簡単に脱水できる水着専用の脱水機を開発できないか。」と依頼された。
● 製品の開発と販売
 最初、浜社長は水着の脱水を家庭用洗濯機の脱水機と同じ技術レベルと考えていて、一カ月もあれば商品化できると甘くみたがのだが、簡単にいかないものだった。水着用脱水機はモーター、ブレーキ、脱水籠から構成されていて、円筒形をした脱水籠をモーターで回転させ、ブレーキでその回転を停止させるものである。極めて単純な構造であり、家庭用のものと殆ど変わらないが、水着専用にするためには多くの問題があった。
 まず、脱水籠を高速で回転するモーターが必要となった。家庭用では毎分数百回転のモーターで十分であるが、これでは水着の水分の十~二十%を脱水するだけである。使った水着をそのまま持ち帰るには九十%以上を脱水する必要があり、毎分三千回転以上で回転するモーターが求められた。以前に関係した企業が高速回転のモーターを開発していたため、そのモーターを転用することにした。また、脱水が終わった水着は利用者が脱水籠から取り出すため、脱水籠に手が巻き込まれる事故も予想される。確実に脱水籠の回転を停止しなければならず、蓋を開けてから四回転以下で停止させることが要求された。極めて高速で回転している脱水籠を急停止させるには、高度な技術が必要となった。蓋の開閉には精度の高いセンサーを使い、ブレーキには産業用ロボット用の電磁ブレーキを使用することで達成できた。
 だが、開発で一番の障害となったのは、動作音が静粛でなければならないことであった。家庭で脱水機を使用しているときに、回転籠の中で洗濯物が偏っているとガタガタと大きな音がする体験をされた方は多いと思う。だが、スポーツクラブで脱水機が騒音を発生するのはご法度であり、どんな時でも静かに動作する能力が求められた。騒音が発生する原因は振動である。回転する機械であれば、重心が多少偏っただけで振動を発生する宿命がある。振動を極力少なくするためには、部品を社内で再加工することで解決できた。ハヤブサ技研では各部品は外注に依頼して製造し、社内で組み立てている。それらの部品には精度が零ということはあり得ず、多少の誤差が必ず発生する。納品された部品の一個一個の誤差を測定し、手作業で加工しなおして修正する。それでも誤差は残っているため、部品を組み合わせる時に工夫するのである。すなわち、+側に誤差がある部品には-側に誤差のある部品を組み合わせ、両者で補完することで誤差を無くさせた。
 こうして、十八回もの手直しを重ね、三年かかって平成五年に実用機が完成できた。その後、現在までに三百個所以上の細かい改良を重ね、さらに技術の完成度を高めている。このような細かな加工と組み合わせによる振動発生を防ぐ技術はノウハウであり、これが他社が追いつけない独自の技術であり、業界を独占できる要因となった。
● 皆が欲しかった機械
 完成した水着専用脱水機の販売にはさほど困らなかった。すでに血圧計の販売で多くのスポーツクラブが得意先であり、営業先を把握していたからだ。それよりも、利用客の要求が販売に大きな後押しとなった。脱水機をスポーツクラブに一週間程貸し出すと、機械を撤去した後で必ず注文があった。機械を試用した利用客からスポーツクラブに、「あの便利な機械をなぜ設置しないのか」とう苦情が溢れたからである。どの利用客も濡れた水着の処置に困っており、便利な脱水機の出現を待っていたのであった。こうして、発売から十年で八千台を売り上げ、全国の殆どのスポーツクラブに納品することができた。
 前述したように、水着専用脱水機は振動を防止するために部品を巧妙に組み合わせて製造しており、一品生産に近いものである。故障したときは自社でしか修理できない。故障すると代替え品を送り、自社工場で修理している。他社が参入することができないノウハウの技術であるが、これが販売拡大でのネックとなっている。外国のスポーツクラブも同じように水着の処置に困っているようで、輸出の話がしばしばある。しかし、アフターサービスでは国内と同じような対処ができず、当面は輸出はしない方針である。
● これからの展開
 脱水籠を高速で回転させて水切りする機械は珍しいもので、他の産業界からも注目されている。例えば、惣菜屋などでは野菜サラダから水気を切るため、おしぼり屋からはタオルから水分を脱水するために利用したい、という注文がある。これから、ハヤブサ技研では回転する籠の構造を変え、多方面に応用できる脱水機を製造していく予定である。
2006年1月25日