2005年07月29日
●これから結婚する女性を狙ったキャラクター商品群


お嫁ちゃんになりたい人が持ってもいい商品ばかり集めました。
かわいげがあるのだが、理想の男性とめぐり合えるかどうかは保証しないようです。
『ブライダル産業フェア』に出展していたのは、これから結婚したい女性を対象にした『お嫁ちゃん本舗』である。『お嫁ちゃん』、というキャラクターを創り、携帯ストラップ、弁当箱、印鑑などの小物に印刷していた。結婚したい願望のある高校生からOLを対象とした商品群を揃え、一つのキャラクターで統一していこう、という戦略である。キティーちゃんが小学生から30代OLまでを対象とするのに比べ、年齢層が狭いと思われる。しかし、特定のターゲットを狙ったキャラクターとしては面白いであろう。3年前に見た時は携帯ストラップと弁当箱だけであったが、協力会社を見つけて各種の商品にキャラクターが印刷されていた。
なお、左側の女性がこの会社の社長であるが、まだ独身らしい。『お嫁ちゃん』のキャラクターを本当に必要としているのは社長自身かもしれない。
2005年7月29日
●結婚式で使われる一斗樽の中は。


披露宴では一斗樽の鏡割りが見かけられるが。
リサイクルする精神なのだろうか、安くしようとしているのだろうか。
結婚式場の経営者、ホテルの経営者に向けて、結婚式や披露宴などに利用される商品、サービスを展示した見本市がある。その名も『ブライダル産業フェア』。結婚式も業界から見れば、一つの産業なのである。この見本市に出掛けると判るのだが、結婚するカップルに向けてあれこれと趣向を凝らした企画を提供し、より華やかで、より豪華な式典を売り込んでいる。一生に一回のイベントということで、カップルから金をふんだくろうとする業者が並んでいた。こんな企画をよくも考えたな、と思われるものも見かけられたが、一生の思い出を金で買おうというカップルも多いのが実情である。
さて、披露宴での目玉ではカップルによる『鏡割り』がある。一斗樽の蓋を木槌で割る出し物である。しかし、本物の一斗樽を使っていたら金がかかる。この業者は偽物の一斗樽を作り、本物の蓋の代わりに三枚に蓋板で樽を覆うようにした。蓋板の真ん中を木槌で叩くと、いかにも鏡割りしたような雰囲気となる。同時に、樽の前側に固定したクラッカーが鳴り響く仕掛けもしてある。一斗樽を何回も使うことができるのだが、本物の樽を使えないのは何だか侘しくなるのでは。
2005年7月29日
2005年07月14日
●本場の味は冷凍の味でしょうか。


タイ料理店では美味しく味わえるはずですが、実は。
テーブルの上に並んでいるのは、いずれも美味しそうなタイ料理である。本場タイの味をソックリ日本に持ってきたものばかりであり、皆様も一度は味わったことがあるのではないでしょうか。
と、言っても、これらの料理は全て冷凍食品なのです。タイ国内で調理し、パックの状態にして冷凍して輸入されています。もちろん、家庭用ではなく、全て業務用です。パックを開いて加熱するか温めるだけで料理ができます。味もそのまま一緒に封入してあるため、料理の知識がなくとも電子レンジかフライパンがあればバイトの学生でも調理できます。タイ料理のインスタント版でしょうか。街の中には「本場タイ料理店」と看板を掲げているところもありますが、調理場ではこんな冷凍パックを使っているのです。全てのタイ料理店がこのような冷凍食品を使用しているわけではありませんが、かなり多くの店では利用されているようです。「やっぱり、本物の味は素晴らしい」などと通ぶっているお客さんもこのようなパック料理にだまされているのではないでしょうか。
2005年7月14日
●シーフードショーでのワニの肉


飲食店に向けた食材の展示では特殊な素材も出展されてます。
魚介類の素材を取り引きする「シーフードショー」が年一回開催されている。国内での鮮魚、加工水産物などが主な出品であり、レストランや飲食店の経営者が主な来場者である。国内を含めて世界各地から仕入れた魚介類を販売しようとする業者が出展している。日本の旺盛な食生活を反映してか、ベトナム、タイ、中国を始めとして世界から食品素材が展示されている。
珍しい素材にはワニの肉がある。ステーキなどにして料理するらしい。一般には料理されないような素材であっても、全国には定常的にメニューに出す飲食店もあるようだ。このため、このブースでは特殊な食材を出展していた。珍しい食材をゲテモノと考えてはいけないようだ。美食家にはこのような特殊な素材を珍重する人達も多いのである。
2005年7月14日
●連載第4回


社長一人で製造しているシャボン玉発生器です。
老後をのんびりと生産している「中野製作所」。
● 夢をかき立てるしゃぼん玉
どんな大人でも、子供の頃には一度はしゃぼん玉を飛ばして遊ばれたことがあるであろう。ストローに液を付けて軽く吹くと、無数の小さな玉が飛び出し、風に乗って暫くの間は空中で漂う。薄いしゃぼん玉の表面は虹のような色に変化し、はかなく消えていく。生き物のような動きを面白く感じ、飽きもせずに眺められた体験をお持ちではなかろうか。
しゃぼん玉は幼児の一時期に遊ぶもので、小学校も高学年となると振り向きもされない。このため、しゃぼん玉の道具は安価な玩具として扱われているようで、製造している玩具会社も全国で数社あるが、何れも似たような簡単な形態である。そんな風潮の中で、モーターでしゃぼん玉を連続して吹き出させる本格的なしゃぼん玉発生器を製造しているのが上野製作所(上野昇吾社長)である。国内にはしゃぼん玉発生器を製造した企業は数社あるが、それらはイベントなどへの貸し出し用のものであり、販売はしていない。複数種の商品をカタログに掲載し、常時販売しているのは上野製作所が国内で唯一のようである。
● 余業で始まった試作品の製造
昭和24年に中学校を卒業した上野社長は、映画館用映写機のメーカーに就職した。当時は映画産業の全盛期であり、全国の映画館から新規開館、改装の仕事が舞い込んでいた。上野社長は各地の映画館に出向き、映写機の設置や照明器具の施工をすることになった。専門学校を卒業したのではなかったが、この仕事を通じて電気の技術を学び、映画館のような舞台のある施設に設置する照明設備の知識を身につけることができた。映画館や劇場で使用する照明設備は、一般の建物とは異なった特殊なものであり、専門性が高いものである。
その後、映画産業はテレビの普及で衰退したため、ゴーゴーバーから発展したディスコの照明の工事を受注するようになった。昭和四二年に赤坂で開業したディスコではストロボや豆電球などの照明器具を多用した、サイケデリックなものであった。舞台では外人バンドによる生演奏があり、芸能人が集まる流行の最先端をいくものであり、今でも語り種になっている。この成功から暫くはディスコの店内照明の工事を行っていたが、或るとき有名人の結婚式の照明を請け負うことがあった。この仕事により、結婚式場を専門とする建築業者と知り合うことになり、結婚式場に設置する照明器具の電気工事をしてみないか、と誘われた。こうして、昭和四六年に従業員四名を雇い、元請け会社が受注してきた工事の内で、照明設備の電気工事だけを請け負う工事会社を興すことになった。
この頃は、団塊の世代が結婚を始める時期で、結婚式場の新築、改築が増え、仕事が切れることはなかった。そんな時、アメリカから来日したサーカス団がしゃぼん玉を自動的に発生させる機械を持ってきた、と知人から聞かされた。サーカス団が公演する合間にその機械でしゃぼん玉を場内に飛ばし、夢のような雰囲気を演出させるためのものであったようだ。その話を聞いた上野社長は、実物を見たことは無かったのだが同じ機械を作ってみよう、と考えた。商品化して販売する計画があったのでは無く、面白い機械を造ってみようという好奇心からであった。
装置の基本的な構造は難しいものではなく、数日で考え出した。蛇腹状の金属輪をモーターで回転させてしゃぼん玉液をすくい上げ、その金属輪に送風機で風を送る構造である。また、装置の外装が金属製では錆びるため、全ての部品に塩化ビニールを使用した。この時製作した一号機は技術的に完成されたもので、その後に改良する必要もなく、現在販売している中型機と全く同じで構造である。問題はしゃぼん玉液であった。最初は石鹸を溶かした液を使ったが、これでは安定したしゃぼん玉を発生させることができなかった。化学会社や洗剤会社から知恵を借りて研究した結果、界面活性剤を主成分とした溶液が最適であることが判った。半年ほど原料の調合比などを調整して実験を続け、膜が薄くて丈夫なしゃぼん玉を安定して発生できる原液を開発することができた。しゃぼん膜が薄くなければ七色の虹が表出しないのであり、ここが成功の要素であった。
完成したしゃぼん玉発生器は、結婚式場の工事を受注していた元請け会社が目をつけ、販売代理してくれた。しゃぼん玉が披露宴会場に吹き出ると華やかな雰囲気に演出できるからであり、それまで無かった商品のためどの結婚式場でも購入してくれた。上野社長は本業の電気工事の合間にしゃぼん玉発生器を製造していた。副業のつもりであったが、それでも最盛期には一カ月に百台も出荷した。
● しゃぼん玉発生器に専念する
上野社長の仕事は戦後の第三次産業の栄枯により、映画館、ディスコ、結婚式場と変わった。いつの時代もそれぞれの業界の絶好期と一致し、幸運な人生であった。その後、結婚人口の減少により、平成十年には結婚式場の工事を専門としていた元請け会社が清算したので、上野社長はしゃぼん玉発生器の製造に専念することになった。
それまでは結婚式場向けに製造してきたので一種類しか商品がなかったが、専業のため種類を増やすことにした。最初は、しゃぼん玉を八メートルの高さまで吹き上げる、ミカン箱程の大型機を開発した。次いで小型化に目を向け、乾電池で動作して手の上に乗る小型機まで開発した。現在では九種類の商品群を揃えることになった。
営業は見本市を積極的に利用し、イベントや舞台に関係する見本市に年三回は出展し、直接顧客に販売することになった。この販売方法では顧客の反応を知ることができ、結婚式場や劇場しか購入しないと考えていた予想が外れ、販路が広がったのである。ラブホテルでは客室に設置し、温泉旅館では露天風呂の岩陰に設置して使用していた。或る幼稚園では、幼児が来園する朝の短い時間だけしゃぼん玉を吹き出していた。園児がしゃぼん玉を見たくて、積極的に来園する効果があるという。商品を見た顧客が、それぞれの発想で用途や利用方法を創出してくれたのだった。
● これからの展開
現在、上野製作所は見本市だけで営業をしていて、広告などの宣伝はしていない。それだけで年間を通じて注文が途切れることはなく、社長一人で製造するには十分な受注量を確保している。注文が増えたとしても、下請けや委託による製造はしない方針であり、従業員を採用して企業規模を大きくする予定もない。工場の設備は三十年前の旧型の加工機械を今だに使用していて、製造過程は手作りのようなものである。
だが、収益性を考えると、設備投資して大量に生産するよりも、社長のペースで少量を生産した方が良好なのである。競合会社が無いことから、注文は口コミによって自然と増えていくのである。無理な投資をせず、古臭い町工場のような運営の形態が、実は一番安定した経営なのではなかろうか。