2005年03月12日

●取材では全国の僻地にでかけることになった

取材先の了承を得ると具体的な取材が開始された。
しかし、全国のニッチ企業はとんでもない場所にあった。

 特異な隙間商品を製造或いは販売しているニッチ企業の取材の手順は、すでに説明した。まず、取材候補の企業を見つけ、企業信用情報により取材に適するかどうか判断する。取材に適すると決定したなら取材依頼書をその企業に送って打診し、それに企業が対応してくれることになってやっと取材が始まる。取材先を決めるまでが一苦労あり、相手企業が協力しなければ原稿ができない。結構ややこしい仕事なのである。
 取材候補の企業が了承してくれたなら、そこでやっと私が取材できることになる。取材では、遠距離であっても電話取材などと手抜きはしない。企業の本社がある場所まで出向き、会社の建物や工場内部を見学して本当に活動しているかどうかを確認しながら取材する。この取材では、北は山形県酒田市、南は長崎県大村市まででかけた。実際に会社の内部を見学すると、その会社がどのような状況にあるのかが肌で感じ取ることができる。活力のある会社では社内が賑やかであり、どことなく明るい。少し落ち目になった会社では、社内に淀んだ空気が流れている。このような雰囲気は見本市などで商品を見ただけでは判らないものである。取材では必ず会社にでかけ、現在その会社がどのような状況にあるかを嗅ぎつけることににした。三流経済雑誌などでは、出張の手間を省くため電話で聞き取りし、適当に話をまとめて原稿にするところもあるらしい。そんな取材であっては取材先の企業がどんな状況にあるかは把握できるはずがない。良心的な原稿を作成するためには、必ず現地を見学し、社長の話だけでは得られない社内の雰囲気を入手する必要がある。
 取材のためにニッチ企業を訪問することになるのだが、簡単に訪問できる場所にあればよいのだが、現実はそうでもないのである。地方にある会社で、空港の近くや特急の停車する駅の近くに立地すれば日帰りも可能なのだが、そんな会社は少なかった。2時間に1本の列車しか運行しない鉄道線を利用しなければたどり着けない場所にある会社も多かった。東京から一番時間がかかった取材では、愛媛県城辺町にある会社にでかけた時であった。松山空港までは飛行機で1時間強であったが、そこから特急で宇和島まで移動し、さらにローカルバスに乗り継いで2時間かかった。兵庫県三木市の会社を取材したときも似たようなものであった。加古川駅までは新幹線であったがそこからは1時間に1本のローカル鉄道であり、無人駅から会社までは田んぼの中の細道をひたすら歩くだけであった。ニッチ企業にたどり着くのは難行苦行の連続であった。
 しかし、よくよく考えてみると、ニッチ企業にとってみれば雑誌社の取材に便利な場所に創設したのではない。隙間商品を製造するのに適した場所に会社を創設しただけのことである。土地代が安く、騒音を出しても回りの住宅から苦情のこない場所を選んでいるのである。大企業であれば大量生産するため、部品の納入、製品の搬出などで昼夜を問わずトラックが出入りし、物流の便利さが立地に大きな要素を占めてくる。しかし、隙間商品はそれほど数多く生産するのではないため、大企業と違って高速道路や幹線道路に接近する必要はないのである。こんな理由で、ニッチ企業は山奥や辺鄙なところで運営されているのであろう。交通の便が良いからといって隙間商品が売れるとは限らないのである。
 結果として、私は全国の僻地を旅行したことになったが、今となっては楽しい思い出になった。
 2005年3月11日

Posted by hibi at 2005年03月12日 00:07
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