2005年02月14日
●雑誌社を見つけるのが困難だった
時間もできたので、ニッチ企業の研究と分析を始めることにした。
しかし、私の企画を採用してくれる雑誌社は見つからなかった。
ニッチ企業の内情を知るためには、私だけの独断で企業を訪問し、社長から話を伺うことは無理である。どこの馬の骨か判らない男を迎え入れ、商品開発や経営方針などを説明してくれるような気の良い会社なんて存在しない。私と合うことで何らかのメリットがなければ企業は相手にしてくれない。企業にとってのメリットとは、雑誌にその企業の業績などが掲載されることで、広告効果が発生したり、世間に実績を示すことである。私がニッチ企業を取材するためには、どうしても雑誌社の協力が必要である。このため、平成9年(1997年)の春より、私の取材に協力してくれる雑誌社を探すことになった。
『隙間商品を製造しているニッチ企業の取材と分析』とタイトルをつけた企画書を作成し、あちこちの雑誌社を訪問することになった。日経ベンチャー、週刊ダイヤモンド、月刊プレジデントなどのメジャーな経済雑誌社から始まり、聞いたことのないような発行部数の少ないマイナーな雑誌社までも、ありとあらゆるコネを使って企画書を持ち込むことになった。だが、どの雑誌社も採用されず、話は進展しなかった。私の企画が採用されなかった理由を考えてみると次のようになる。
まず、どの雑誌社の編集部でも『ニッチ企業』の実体を理解することができなかったことがある。世間では知られていない中小零細企業の一部であり、編集部ではそんな小さな企業のことを正確に理解することができなかったからである。次に、雑誌社はその雑誌を売ることで成り立っている。雑誌が多く売れなければ儲からないのである。このため、記事の内容は一般の人が関心を持つ記事に偏る傾向がある。著名な企業の記事であればそこの従業員が書店で購入してくれる可能性が高い。例えば、ソニー、東芝などの大企業であれば従業員は数万人もいる。関連企業を含めれば一桁多くなるはずである。こんな有名企業の業績や経営内容を特集すれば、全員とはいわないが1割程度の従業員は雑誌に手を出してくれる。競合会社の従業員も、相手の企業の実情を知りたいために読むであろうからもっと売れるはず。こんな理由から、経済雑誌では著名企業、上場企業の記事は掲載するが、無名の零細企業の記事を載せたくないのである。
あちこちの雑誌社に売り込みをかけ、虚しく一年ほどが過ぎた平成10年(1998年)の夏、偶然に富士経済研究所(現在は、みずほ総合研究所に変更された)の編集長と出会うことがあった。当時、富士経済研究所は月刊雑誌『φ(ファイ)』を発行していた。この雑誌は発行部数が三万部と少ないながら、実験的な内容を盛り込んだ編集方針をとっていた(実際、赤字覚悟で発行している、富士経済研究所の看板雑誌であったが)。この編集長に企画を説明したところ採用となり、平成11年1月から連載してもらえることになった。ここから私のニッチ企業の調査と研究が世の中にでるキッカケとなったのであった。雑誌『φ』(現在はタイトルが変わって『フォーレ』となり、継続して発行されている)と出会わなければ、私が考えていたニッチ企業創業論や隙間商品の開発分析は日の目を見ることが無かったであろう。この雑誌と編集長には感謝している。
2005年2月14日
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