2005年02月12日
●私の転換期
弁理士の仕事にはそろそろ飽きてきた。
今までとは別の人生を歩みたいと考えていたが、ちょうどその時に私の進路を変える出来事が発生したのだった。
老社長からの解説でニッチ企業という存在に開眼したのだが、十数年前はニッチ企業を分析するまでの気持ちにはならなかった。それよりも私の仕事に追われ、毎日の生活を続けるのが精一杯であり、精神的な余裕が無かったからでもある。
私の職業は、今でもそうであるが、弁理士である。大部分の業務は顧客から依頼された発明を文章化して出願書類にまとめ、特許庁に提出すると共に、その出願が登録されるまでの処理を行うことである。二十年近く前に独立してから、特許事務所を経営し、顧客から提案された発明を文章にまとめる仕事に没頭していた。この作業を、私は『机の上の土方』と読んでいる。朝から夜まで机に向かい、書類を作成するだけの業務である。人と出会って話をすることもなく、黙々と書類の山と戦わなければならないのである。面白くもないし、刺激もない日常であった。こんな生活から離れて、自分の個性を出しながら、世間の人に役立つような仕事に転業できないかな、とボンヤリと考えるようになった。
『机の土方仕事』から、私が離れることになる出来事が発生した。平成9年に、私の主要な顧客の社長が急死したのであった。その会社から依頼されていた仕事が、私の事務所の全仕事量の八十%近くを占めていて、その会社からの仕事で事務所が維持できたようなものであった。また、その会社から依頼される発明は社長だけで創出していたので、社長が亡くなれば私へ依頼される仕事も当然のように無くなってしまう。
このような事態になれば、平凡な特許事務所であれば新たな顧客を探し出し、今までと同じ仕事を続けることを考えるはずである。私はこの事件を好機と考え、それまでの土方仕事から撤退することに決めた。従業員には退職してもらい、事務所の固定費を下げることで細々と生活できる体制にし、以前から考えていたニッチ企業の分析を開始することにした。幸いにも、私は日常生活には金をかけない方針であったので、生活レベルを落とせば今までの売り上げの数分の一であっても事務所を維持することは可能であった。最低の生活を続けながら、面白くもない土方仕事とは別の分野で生きていくができる手段を考えることにした。
こうして、私はニッチ企業、隙間商品の研究と分析に取り組むことになった。
2005年2月12日
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