2005年02月08日
●ニッチ企業と出会う
その老社長とであったのは十数年前であった。
しかし、そのときの印象は今でも鮮明に記憶している。
私が或るニッチ企業(或いはニッチ企業主)と出会ったのは、十数年前の夏のことだった。知人を介して零細企業の社長を紹介され、私の零細事務所を訪れてくれた。その時にすでに70歳を越えていた老社長であり、それ程強烈な印象を受けるような人柄では無かった。その時は、特許に関連した相談であったような記憶がある。
その後、老社長の会社を訪問して、その規模と内情を知ることができた。会社は東京の大田区に所在しており、社屋は築三十年以上も経過した木造二階建てであり、借地であった。社屋の側を幹線道路が走っているため、排気ガスで建物全体が煤けて見すぼらしい。機械加工ではなく電気部品を製造しているため、工作機械の切削油で壁などが汚れたような町工場とは違った雰囲気であるが、ささやかな建物であった。どにでもあるような建物であり、気がつかなければ見過ごしてしまう。一階が老社長夫婦の住居で、二階はは擦り減った板張りの二十畳ぐらいの広さの作業場があった。社員は、男性が二人、パートのおばさんが数名で編成されていた。
老社長からは時々特許出願の依頼を受け、それなりに仕事を処理していった。どの商売でも、新しい顧客と取り引きする時には、顧客の支払い能力、資産状況を把握しておかなければならない。新しく取り引きを始めたが、注文だけしておいて逃げてしまう会社もときにはあるからだ。オンボロの社屋を見てから、『こんな会社では確実に支払ってくれるかな。』と、不安であった。そのような不安は危惧であり、その零細企業からの支払いは極めて素早かった。通常の会社なら、請求してから入金までは早くて1か月後、遅ければ3か月後である。その会社では、請求したその月の月末に必ず入金があった。また、見かけとは裏腹に、私の請求額を決して値切ろうとはせず、気前の良いものだった。
そんな不思議な会社と取り引きを始めてから半年位経った或る日、社長から、『アメリカに特許出願をしてくれないか。』と、依頼を受けた。アメリカへの特許出願では、翻訳代、米人の弁理士への支払いなどでかなり高額となる。こんな小さな企業では支払いが大変なはずである。また、零細企業であるその会社には商品を輸出するような計画は無く、アメリカまで特許を出願する必要性がないと思われた。
私は老社長に、『アメリカに特許出願するのはお止しなさい。』と忠告した。だが、社長は、『ぜひ特許出願してくれ。』と強固に依頼され、そのまま押し切られてアメリカに特許出願することにした。外国特許出願の経費は百万円以上になったが、この費用もそれまで通りに一ヶ月もしない内に全額支払ってくれた。社屋、設備などが見すぼらしい零細企業が外国に特許出願するのは珍しいことであり、支払いもキッチリとしてくれたので、私にとっては不可解な経験となった。
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